私小説
[2025/04/03,11:02:46]
「私小説」というものに興味がない。古くは阿部昭が好きだった時期もあり、あれが私小説だよ、と頭の中では理解していた。最近、亡くなったばかりの西村賢太の遺作『雨滴は続く』(文春文庫)を読んだ。遺作である。巻末に「特別原稿」なるものが付記されていて、これを読んでひっくり返りそうになった。物語は、無職の自称文学研究者・北町貫多が、いつものように女性への懸想のままならぬ行方に煩悶しつつ、他者を罵倒、屈辱しながらの日々を綴ったもの。ヒロインの地方新聞紙記者である葛山久子は、いつものように悪態の限りを尽くして、罵倒、凌辱される。のだが、そのヒロイン本人が、文庫本の巻末に登場し、「親愛なる西村さんへ」という原稿を書いているのだ。もちろんヒロインそのものである。作品の中身とは真逆に、作家とこのヒロインは知り合って17年間、手紙のやり取りを通じて互いに信頼しあう友人であったことが明かされているのだ。これは遺作なのでできたことなのだろうが、読む側にはあまりのショックに言葉を失い、「作家はウソつき」という事実の前にひれ伏すしかない。私小説も些細な日常をエッセイのように淡々と描いているように見せかけて、実はほとんどが作り話、という世界なのだ。私小説、恐るべし。
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