好きな山にも難渋するほど体力低下 |
[八塩山(矢島町・713m・2018年5月27日)] |
このところ東成瀬村のルポを集中して書いている。そのせいか山行回数がめっきり減った。月1回がせいぜいで、それも鳥海山や焼石岳といった大きな山はプレッシャーがあって無理だ。もっぱら小さな簡単な山ばかりでお茶を濁している。。 今回は秋田の山では一番好きな八塩山。それも矢島登山口だ。 この矢島コースを最初に登ったのは2011年だった。国の補助などでトレッキングコースとして整備された年だ。アウトドアライターの故藤原優太郎氏が、「あの峠が通れるように整備されたので、行きませんか」と誘ってくれたので行くことにしたのである。その昔、このコースは海と山をつなぐ重要な生活道だった。矢島を代表する酒や、本荘で上がった海産物などの交易路として、あるいは飢饉があった時の物資の運搬道として栄えた山越えである。 この矢島地域の英雄で戦国時代の「由利十二頭」の一人、大井五郎満安という武将が、文禄元年(1592)の朝鮮出兵のさなか仁賀保氏など周りの豪族に一斉に攻められた。愛娘の鶴姫や重臣たちと散り散りになりながら八塩山を超え、大井は妻の実家のある羽後の西馬音内城にたどり着く。西馬音内城主の小野寺茂道は丁重に大井をもてなし、ともに復讐を約束してくれる。しかし茂道の兄の小野寺家当主・義道らの裏切りで、自刃を余儀なくされる。 という悲劇の物語である。矢島ルートは戦国の世の大井五郎満安の逃亡の跡をたどる道でもあるのだ。
東由利から登る通常ルート・前平ルートは1時間少しで山頂にたてるハイキングコースだが、この矢島ルートは約3時間かかるけっこうな長丁場だ。それでも急峻な、息も絶え絶えになるような難しいコースはない。穏やかなアップダウンが延々と続く、全行程ブナの落ち葉のじゅうたんが途切れることのない歩きやすいコースだ。鳥海山の山頂には笠雲がかかっていたが、青空を背景に神々しいまでに威容を誇っていた。いつもは心浮き立つ楽しいコースなのだが、今日は体力が低下しているせいか、いたるところで呼吸を整えながら、足を運んだ。 山頂までの距離は約4.5キロ。往復9キロの道のりだ。 ときおり静寂の森の中に「ドドドドドドドドドッ」と低いドラミングが聞こえる。アカゲラのようだ。春エゾゼミも鳴き始めている。タケノコ・コシアブラ・ワラビやホンナを摘みながら、のんびり登山だ。 しかし、これほど素晴らしいトレッキングコースなのに、人口に膾炙していないのは、ひとえに登山口の場所が分かりにくいからかもしれない。 坂之下集落に入ると神代山のふもとにある「国際禅堂」が第一の目印だ。「鳥海山国際禅堂」は坂之下集落の高台に2006年に建てられた研修施設だ。人家から離れた環境で静かに座禅が組めるように、ここから6キロほど離れた曹洞宗の「高建寺」が、「禅の普及」を目的に建てたもの。「国際」とついているのは禅修行に訪れる人たちが、地元の小中学生や一般人、全国各地からは言うに及ばず、海外からも多いためだ。 この国際禅堂までは表示もしっかりしていて誰もが簡単にいくことができる。そこから先が問題だ。禅堂脇から細い山道が2・4キロほど続く。車1台がやっと通れる林道で、車の腹が付きそうなデコボコ道だ。この林道ではかなりの確率でカモシカやタヌキといった小動物と遭遇する。ほとんど人が通らない道なのだ。とはいっても登山道はきれいに下草が払われ整備は行き届いている。 東由利の前平コースと違い、ほとんど人が登らないコースなので、山菜やキノコの季節も人と会うことはめったにない。ということはカモシカやクマと会う確率は逆に高くなるわけだが、クマとはまだあったことはない。 登山口からずっと細くて若々しいブナの緑が美しい。雨や曇天では薄靄のかかった森が幻想的な妖気を漂わせる。好天の日は木々の間を柔らかな緑の光が森の中を明るく照らし出す。山頂でランチ。前平コースを登ってきた町民登山の老若男女が小屋周辺にはあふれていた。 行きは3時間弱だが、帰りもゆうに2時間はかかる。これも矢島口の特徴で、なだらかな道が続くため上り下りの差が小さいためだ。 下山して、国際禅堂から坂之下集落に降りていく途中、見事な棚田が広がっている。稲作が行われている形跡はない。どうやら休耕田を利用した蕎麦栽培のようである。鳥海山や八幡平のふもとは火山灰地なので、どちらかというと稲作よりも蕎麦栽培に向いている。一度、この地域の蕎麦を食べてみたいものだ。 |