No.78
ついに念願(?)のクマと遭遇、八幡平縦走の夏
[八幡平(1595m・秋田・岩手県境――2014年8月31日)]
 またしても朝4時起き。日の長い夏は大きな山に登る。日帰りするには朝早く登り始める必要がある。もう10年も毎週のように山に登っているのに早起きはあいかわらず苦手だ。これを克服しないと山行の未来はない、といつも早起きするたび暗い気分になる。 8月ももう終わりだ。朝4時半を回るあたりから空は明るくなりはじめた。
 今日の山は秋田・岩手県境にある八幡平。この国立公園のメインストリートである茶臼岳から八幡平頂上を極め、蒸ノ湯温泉側に下山するという縦走コースだ。
 岩手県側にある茶臼岳登山口を出発すると40分であっけなく茶臼岳に到着。前半はずっと岩のゴロゴロする登山道だ。いたるところにリンドウの群生がある。そういえば岩手県はリンドウの花き栽培日本一だったはず。秋田県もリンドウ栽培には力を入れているのだが、この毒々しい紫色のどこがいいんだろう。
 茶臼岳からはゆるやかなアップダウンを繰り返し、黒谷地をぬけ、源太森へ。ここの八幡沼の見える景色のいい場所で昼食。ほとんどの人がガスバーナー持参でラーメンを食べる。夏のあいだは水が重く、熱いものは食べない。ゆえにガスコンロは持っていかないのが常識なのだが、いつのまにか山は秋。そのことに無自覚なのは私だけだったのか。次回からはコンロを持参しよう。コンロがあればラーメンもコーヒーも鍋料理もOK、食の選択肢が増えるのは山の楽しみだ。
 ここから八幡平山頂までは約1時間。問題なく山頂にたどり着きすぐに下山開始。今回の山行のハイライトは、実は登りよりも下山のほうにある。
 出発時にクマよけ用の笛を持たされた。これは異例のこと。下山ルートにクマの巣が集中しているためだ。さらに登りの石ころ道から一転、歩きやすい土の道になったのはありがたいのだが雨模様の空に変わり、雷までなりだしたのは誤算だった。雷は怖い。おまけに雨の影響だろうか、凄まじい蚊がわきだした。蚊取り線香も効かないほどの大群だ。平気で服の上から刺してくるのだからたちが悪い。
 下山ルートはリンドウに変わり、コバギボシ、キヌガサソウの世界。登りと下りでは植生までが変わってしまう。登りと下りが何もかも変わってしまう山というのは珍しいが、これも縦走ならではの楽しみ。
 そして、いつもは先頭のSシェフだけがクマ鈴にクマよけ笛を担当してくれているのだが、今回は私も含めて3人がひっきりなしに笛を吹き続けた。いかにもクマの居心地のよさそうな山だ。

リンドウの山

湯煙がゴールの目印
 八幡平山頂まではなんの問題もない凡庸な登り。問題は下山だ。ゆるやかな湿原地帯の続く草の湯分かれからは登山者もほとんどいなくなり、鬱蒼とした森の中は誰がどう見ても獣たちの天国だ。
 雨カッパで汗だくになりながら、雷におびえ、蚊の襲撃に苛立ちながら、クマよけの笛を必死で吹き続けた。長沼を超え、あともう少しでゴールというあたりで、先頭のSシェフが突然30センチほど浮き上がり無言のまま踵を返し、2番手にいた私のほうに駆け寄ってきた。すぐにクマだ、とわかった。Sシェフの頭越しに木道の右(谷側)から山側の木に飛び移った黒い塊がはっきり見えた。大型犬ほどの小熊だ。ということは近くに母熊がいるに違いない。一挙に緊張が走るが、リーダーのSシェフが冷静なのでグループに動揺はない。大きな声を上げながら、注意深くゆっくり、その地点を通過。湿原でミズバショウをはんでいたクマと5mほどの至近距離でSシェフは遭遇してしまったのだ。
 肝を冷やしながら4時間近くかかって下山、蒸ノ湯温泉到着。シャワーも洗い場も貧弱な、私の嫌いな「秘湯」である。なんとかシャワーは我慢できたとしても、洗い場が狭く、水量もないのには閉口する。そのため秘湯は大嫌いになってしまったのだが、今回は客が我々だけだった。洗い場のお湯をたっぷり使って身体の汗を流せた。

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