No25
冬限定、地図に名前のない山に登る
[一の沢山(532m)・秋田市―2013年3月31日(日)]
 先の3月10日、天候不順で無念の涙をのんだ一の沢山へリベンジ登山。リベンジは大げさだが、実はこの秋田市郊外の岩見ダム東方に位置する一の沢山は地図に名前が載っていない山なのだ。登山道がないため積雪期しか登れない。そのため今がギリギリのラスト・チャンス。杉の植林地で木材運搬のための道はあるのだが、ブナ林が顔をだすあたりから道路は消える。雪が消えると一面がやぶになってしまう。積雪を利用してやぶの上を歩くしか頂上に立つことはできないのだ。
 数人を除いて「初めての山」のせいか期待と不安が入り混じる。みんなコ―フン気味だ。地図に名前がないため、多くの人は存在すら知らないから、ここに登ったといえば少しは自慢できる山だ。
 登り口から腐れ雪の連続で、ズボズボと足がとられる。カンジキに履き替えくらいスギ植林の森を黙々と歩く。歩きにくい。途中、白きたおやかな雄姿をみせる太平山系の美しが眺望できるビューポイント。太平山奥岳の頂上山小屋がくっきりと見える。そうか、ここも太平山系の山並みの一つなんだ。
 中間地点に、かなりの斜度の急峻があった。ここがハイライトのようだ。登り切れば、後は尾根伝いに歩けばいい。すでに雪解けが始まっていて邪悪なやぶが、ここぞとばかり、立ち上がる時期を待っているところだった。もう1週間もすれば、この尾根道はすっかりやぶ道に変貌しているのかもしれない。
 約2時間で頂上に到着。冬道はどんな小さな山でも最低2時間はかかってしまう。頂上はフラットだが、まわりの景観は木々にさえぎられ、よく見えない。いつもの「マルちゃん正麺」(少し飽きてきた)のお昼をすませ、下山。下山は1時間半ほど時間を要してしまった。場所によってカンジキをはいたり脱いだりを繰り返すためだ。坪足で腐れ雪に足を取られる(埋まる)と、けっこう体力を消耗する。雪から足を抜くのに思った以上のエネルギーが費やされてしまうのだ。雪の中の先頭ラッセルと同じ疲労度である。

山頂で円陣を組み記念写真

右奥が太平山奥岳
 地図に名前のない山、ということで、ある映画と絵本のことを思い出した。1995年に制作された「ウェールズの山」というイギリス映画。これはハートウォーミングなおもしろい作品だった。村を他者からの侵略や略奪から長く守ってきた標高299mの「丘」に、ある日、役人が測量に来る。イギリスでは「山」と認められる標高は305m以上必要だ。山と認められなければ地図に載らない。地図に載らないと観光客はこない。そこで村人は一計を案じ、ラクビー場の芝生まではがして、頂上に盛り土し、一夜にして306mの「山」をつくってしまう話だ。恋あり、政治あり、対立あり、どんでん返しの連続というシリアスなドラマでありながら、全体はコメディになっている。
 斎藤隆介作・滝平二郎絵の「半日村」は有名な童話なので知っている人も多いのではないだろうか。村に立ちふさがる山のおかげで、一日のうち半日しか陽の当らない貧しい村の少年・一平が、なんとその山を削って、陽のあたる一日村を作ってしまう物語だ。 どちらも「一の沢山」とはなんの関連もない物語だが、なんとなく地図に名前のない山の中を歩きながら、この二つの物語のことがずっと頭から離れなかった。
                       *
 温泉は「ユフォーレ」。ここもはいる頻度の高い温泉だ。浴場が広くて天井の高いので開放感がある。温泉の好き嫌いの尺度は、けっこうこの天井の高さが重要なファクターではないのだろうか。
 そういえば一の沢山中腹から、私の所属する「山の学校」の建物もくっきりと見えた。山懐に学校の細長い赤い屋根はすぐに目についた。その横には学校のシンボルである筑紫森がそびえ、その左に岩谷山がきれいな三角形の雄姿を見せ、2つの山がカメラのフレームにうまくおさまった。この近辺で最も大きな建物であるユフォーレが見えなかったのは岩谷山の裏に隠れてしまったからだろうか。方向音痴はこういった場合、位置感覚がくるって、不安になってしまう。

backnumber
●No. 1 草紅葉の海で、なぜかパエリア
●No. 2 贅沢お昼と、お気に入り温泉
●No. 3 白神のブナの森を彷徨う
●No. 4 南八幡平の自然休養林を歩く
●No .5 巨木の森で、雨に追われて
●No. 6 何が悲しくて、遠い県境の雨の山へ(+クマの話)
●No. 7 「キジ撃ち」慣れ、増える体重、初めての山
●No. 8 雹に雷とスパイク長くつ、是山の山
●No .9 賞味期限切れ食品がうまい、きれいな三角山
●No.10 生きものたちと出あい、ラーメンうまい雪の山
●No.11 はじめての朝市、風格の天然杉、泥土のババ落とし
●No.12 雪と風とツェルトとストック
●No.13 「靴納め」はダブル山行、かててくわえて忘年会
●No.14 これが今年最後の山行です、信じてください!
●No.15 桜のつぼみが大きいから、春は早い……
●No.16 彷徨っても漂っても、頂上は遠い
●No.17 動物の足跡がないのは、「なまはげ」がいるからだ
●No.18 どんな山でも、なにか新しいことを学べるもんだ
●No.19 「山があるんで、お先に」って言ってしまった夜
●No.20 大滝を見にスノーハイク、帰りは古民家見学
●No.21 冬は近場にこそ遊び場がある+ついにシュールストロミング開缶!
●No.22 山頂で野点、そうか今日は「桃の節句」か
●No.23 青空、中岳、ひとりぽっち
●No.24 石仏に村人はどんな思いを託したのだろうか

Topへ