No34
地元のプロと一緒だと、山歩きは百倍楽しい
[焼石岳(東成瀬村・1548m――2013年6月16日(日)]
 4,5年前、焼石岳に登ったが8合目焼石沼で帰ってきた。頂上まで行く気力も体力もなかったからだ。今回はリベンジ、初登頂を目指しての登山だ。
 もともとこの日はモモヒキーズの田代岳に決まっていたのだが、東成瀬村の地元の人たちによる花見登山があるときいて急きょ応募したもの。参加者は総勢10名ほどで、なかには知り合いも数人いた。
 東成瀬村のじょうか公園前、6時半集合。ということは秋田市を5時前には出なければならない。朝は4時起きだ。これはきつい。このところ週末は湯沢市に出かけている。母親が入院しているからだ。この土曜日も行く予定だったので、行ったらそのまま帰らず横手に泊り、翌朝、そこから東成瀬に行くことにした。これならホテル5時半出発でも楽勝だ。この機会に何人かの御無沙汰の友人を訪ね、夜は横手の知り合いの居酒屋で一杯やろう。大きな山に登るというのに、この緊張感のなさは問題だけど。
 翌朝はうす曇り。予報通り午後から天気は好転しそうだ。
7時、3合目横林道の登山口をスタート。焼石は登山口から6合目あたりまで下りの続く山という印象は正しかった。歩きやすい楽な道がだらだらと続く。
 5合目の「釈迦ざんげ」で小休止。名前がおもしろい。釈迦は懺悔などしないだろうから、当て字だろう。村の人たちは、「ジャカジ(樹木の名前)のアゲ(峠のこと)」と、昔は呼び慣わしていたそうだ。それが訛って、おしゃれな言葉に置き換えられたもののようだ。他のコース名も負けずにおもしろい。6合目は「与治兵衛」で、村に山から水を引いた地元の名士の名前だ。7合目の柳瀞は名前の通り、緩やかな流れのある湿地帯で、8合目は焼石沼。これはそのまんまだが、同じ場所に「長命水」という水飲み場があって、こちらの名前のほうが通りがいい。なにせ焼石では9合目付近ですら、うまい水を飲むことができる、水の山でもある。
 今日はスパイク長くつだ。登山道はフカフカの枯れ葉の絨毯で歩きやすいのだが、小さな川を何度か渡渉しなければならない。登山靴では確実に後悔する。今回も行きの水量はたいしたことなかったが、帰りは雪解け水で増水し水量は倍ぐらいなっていた。登山靴の人たちは青ざめていた。

山頂にて

何度か渡渉があるので長靴がいい
 焼石岳といえば花の山。種類が多く、花好きには垂涎の山として有名だが、その名に恥じず、登山道の両脇は覚えきれないほどの花々で彩られていた。特に印象深かったのが7合目の柳瀞。まだ雪が残っていて登山道と逆方向に歩いて行ける。そこから突然視界が開け、リュウキンカの真っ黄色の巨大群落が現れた。登山道から外れた、雪が残っていなければ藪で入れなかった場所だ。
 ここから上には、お目当てのキヌガサソウもいやになるほど咲いていた。花に詳しくない私には初めて見る花がたくさんあったが、ノートをとる習慣がないため、もうすべて忘却のかなた、だ。あまりに花の種類が多く、とてもメモをとるのが間に合わなかった、とでも言い訳しておこうか。
 といっても昔から焼石岳は「花の山」として有名だったわけではない。これだけの百花繚乱の花が咲くようになったのは実は平成時代になってからだ。昔からこの山では地元の人たちが牛を飼って山に放していた。最初は山の麓で飼っていたのだが、牛は新しい草を求めてどんどん上にあがっていく。その牛たちがことごとく山の花を食べてしまうのである。昔の登山者たちは登山道で巨大な赤牛とよく出会ったそうだ。なかには藪の中の牛を、ヒグマと間違え腰を抜かす登山者もいたという。
 その放牧も平成に入ると経営的に成り立たず、消えていったと同時に、牛に食べられることのなくなった「山のお花畑」が出現した、というわけである。牛の管理者たちの娯楽兼食料として山の中の沼ではニジマスも放流され、今でも巨大なニジマスの住む沼があるそうだ。
 花以外にも小さな生物とたくさん出合った。万年筆ほどの大きさのあるヤマナメクジや、なぜか両生類のイモリが雪渓の上にたくさんいた。モナカほどの大きさのカタツムリも何度も見かけたが、昔はこのカタツムリの村の人たちの重要なタンパク源だったらしい。
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 それにしても焼石岳は遠い山だ。昔は山中1泊で登ったというのもうなずける。登山口は標高930m、山頂までの標高差618m、距離にして5.8キロしかない。それなのに歩いても歩いても頂上に着かない。息の切れるような急坂や難コースはないものの、小さなアップダウンを何度も繰り返し、岩をよじ登り、少しずつ頂上に近づいていくしか手はない。 けっきょく登りに5時間、下りに4時間の計9時間の歩行になった。谷川岳以来の長時間山行だ。
 この日からザックを50リットルの大きめのものに変えた。そのため給水容器が変わった。ゴム(シリコン)性の容器で、水にその容器の匂いが付き、呑めたものではない。大失敗だ。先日はこのシリコンの折りたたみコップで同じ目にあったばかりだ。まるで学習能力がない。口に入るものにシリコン容器はダメ。そういえば電子レンジでチンするシリコン・スチーム器具も、匂いがうつって素材の味が台無しになったっけ。
 今回の山の収穫は、いつものモモヒキーズの仲良し登山と違って、地元の山を知り尽くしたFさんと同行できたこと。花の名前はもちろん樹木やコース名の由来、山の歴史や伝説、麓の村の暮らしまで、Fさんの博覧強記の話を聞きながら歩けたことだ。その話のおもしろさに、山歩きの苦しさをしばし忘れるほど。山とともに生きてきた人間でなければ知り得ない豊富で驚くような知識を、授業料を払わずにタダで聞いて得した気分。懐の深い山は、こうした地元のプロのガイドと歩くのが楽しい。
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 下山後は、地元の人が多いので集合場所で即解散。温泉は一人で近くにあるホテルブランへ。ここは何回か来ている。風呂で体重測定をすると、なんと昨日より3キロ減。けっこうハードな山だったことが数字でも分かる(翌日家で計ったら元に戻っていた)。風呂の後は自分で車を運転し、横手市で夕食をとり、秋田市に帰ったのは夜の7時を回っていた。車から降りた途端、思い出したように両太ももにケイレン。山では何ともなかったのに、なんでこのタイミングなのだろう。
 ケイレンの両足をなだめながら、即ベッドに倒れ込み、熟睡。自分の登山の技量や力では、子の焼石あたりが限度なのかもしれない。

7合目のリュウキンカの群落

これが噂のキヌガサソウ

backnumber
●No. 1 草紅葉の海で、なぜかパエリア
●No. 2 贅沢お昼と、お気に入り温泉
●No. 3 白神のブナの森を彷徨う
●No. 4 南八幡平の自然休養林を歩く
●No .5 巨木の森で、雨に追われて
●No. 6 何が悲しくて、遠い県境の雨の山へ(+クマの話)
●No. 7 「キジ撃ち」慣れ、増える体重、初めての山
●No. 8 雹に雷とスパイク長くつ、是山の山
●No .9 賞味期限切れ食品がうまい、きれいな三角山
●No.10 生きものたちと出あい、ラーメンうまい雪の山
●No.11 はじめての朝市、風格の天然杉、泥土のババ落とし
●No.12 雪と風とツェルトとストック
●No.13 「靴納め」はダブル山行、かててくわえて忘年会
●No.14 これが今年最後の山行です、信じてください!
●No.15 桜のつぼみが大きいから、春は早い……
●No.16 彷徨っても漂っても、頂上は遠い
●No.17 動物の足跡がないのは、「なまはげ」がいるからだ
●No.18 どんな山でも、なにか新しいことを学べるもんだ
●No.19 「山があるんで、お先に」って言ってしまった夜
●No.20 大滝を見にスノーハイク、帰りは古民家見学
●No.21 冬は近場にこそ遊び場がある+ついにシュールストロミング開缶!
●No.22 山頂で野点、そうか今日は「桃の節句」か
●No.23 青空、中岳、ひとりぽっち
●No.24 石仏に村人はどんな思いを託したのだろうか
●No.25 冬限定、地図に名前のない山に登る
●No.26 登山道のないやぶ山で、昆虫になる
●No.27 ダブル登山で、県北の春山に酔う
●No.28 GWは雪の回廊を抜け、強風の山頂に立つのが夢
●No.29 街から7キロ先に、千メートル級の山があるの?
●No.30 下水掃除と宮沢賢治とアイゼン登山
●No.31 青空・無風・トラブルなし。雑魚10匹より大物1匹
●No.32 みんな嫌がるけど、オレは好きだヨ、東山
●No.33 週末連続登山で、体力は大丈夫か、ジブン

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