No.41
世界遺産の山で、会うのはへんなオジサンばかり
[白神岳(1235m・青森深浦――2013年8月18日)]
 世界遺産・白神山地の核心地を見下ろせる山である。標高は秋田市・太平山とさして変わらないのだが、白神岳は懐が深く、山ひだを巻きながらゆっくりと頂上に到達するコースだ。そのため歩きの時間は長い。
 今回は2回目だが、前回登ったのは4年ほど前。雪が残っていた時期だったが、右手に見えた日本海の光景が強く印象に残っている。そんな風景を楽しみながら途中までは楽勝だったのだが頂上付近の急坂で足がつった。ほうほうのていで山頂の山小屋にたどりついた苦い記憶がある。それでも総合的な印象としては「歩きやすく、もう一度登ってみたい」と思わせてくれる山だった。
 そこでSシェフに個人的にお願い。今日の総勢4人(珍しく男のみ)の山行になった。 天候は曇り空。いつ雨が降ってもおかしくない空模様。世界自然遺産登録で全国に知れ渡った山で、かつ日曜日だというのに、登山口の駐車場には2台の車しか止まっていなかった。天気のせいなのだろうか。
 いつ降り始めてもおかしくない暗い空の下、歩き始める。登山道が暗いだけでなく蒸し暑い。ガスっていて景色は見えない。木々の上からはものすごい風の音が聞こえる。まるで台風のような轟音だ。なのに山中の我々にはちっとも風が吹き込んでこない。全身からは蒸し風呂に入ったような汗が吹き出す。
 ダラダラしたアップダウンが続き、そのあとに急坂。またしてもダラダラが続き、しだいに登りが多くなる、という形状だ。海はまったく見えない。稜線に出たあたりで風が直接感じられるようになった。ここでウインドブレーカーを着て寒さを防ぐ。
 早くも遅くもなく淡々と登り続け4時間、ようやく山頂に着いた。途中で下山する軽装の親子連れに会った。子供はランニングに短パン姿、親も似たようなかっこうでスニーカーだ。天候異変があったら、この親子は一発で事故にあう。親は何も考えているのだろう。たぶん山に慣れた親子なのだろうが、言語道断の軽装は、山を舐めているとしか思えない。

山頂でSシェフと

ガスって山中はずっとこんな感じ
 山小屋では靴を脱いで3階に陣取り、ゆっくり昼食。後続の登山者がいないようなので貸し切り状態だ。夏の日曜日なのに世界自然遺産の山に来る人がほとんどいない、という事実にショックを受ける。
 下山に3時間半かかった。ものすごい苦労をして登るのに4時間で、鼻歌まじりで駆け下りてくる同じ山にも3時間半かかる。この事実が頭の中で整理できない。下りるという行為も、実はものすごい体力と慎重さと時間がかかっているということなのだろうか。下りではちょっと異様な光景に遭遇。上半身裸の、あんこ型の太った男に出会った。遠目には肌色のシャツを着ているように見えたのだが、近づくと本当に裸だった。「蒸し暑くて」と訛りのきつい青森弁で弁解していたが、「裸の登山者」というのは初めて見た。さらに下山すると分岐付近で突然、歯がほとんどないヘンなオジサンに会った。おしゃべり好きで(やはり青森弁の訛りが強い)、百名山踏破が夢らしい。「青森の方ですか?」と訊いたら、「違う。十和田市だ」と言われてしまった。よくわからない。
                        *
 降りそうで最後まで雨はなかった。ついている。温泉は秋田県八森にある「いさりび温泉ハタハタ館」。広くて清潔で明るい。八森という町は妙に気になる。いつかこの町に3泊ぐらいして、町の隅々まで観察してみたい、と思っている。

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●No. 1 草紅葉の海で、なぜかパエリア
●No. 2 贅沢お昼と、お気に入り温泉
●No. 3 白神のブナの森を彷徨う
●No. 4 南八幡平の自然休養林を歩く
●No .5 巨木の森で、雨に追われて
●No. 6 何が悲しくて、遠い県境の雨の山へ(+クマの話)
●No. 7 「キジ撃ち」慣れ、増える体重、初めての山
●No. 8 雹に雷とスパイク長くつ、是山の山
●No .9 賞味期限切れ食品がうまい、きれいな三角山
●No.10 生きものたちと出あい、ラーメンうまい雪の山
●No.11 はじめての朝市、風格の天然杉、泥土のババ落とし
●No.12 雪と風とツェルトとストック
●No.13 「靴納め」はダブル山行、かててくわえて忘年会
●No.14 これが今年最後の山行です、信じてください!
●No.15 桜のつぼみが大きいから、春は早い……
●No.16 彷徨っても漂っても、頂上は遠い
●No.17 動物の足跡がないのは、「なまはげ」がいるからだ
●No.18 どんな山でも、なにか新しいことを学べるもんだ
●No.19 「山があるんで、お先に」って言ってしまった夜
●No.20 大滝を見にスノーハイク、帰りは古民家見学
●No.21 冬は近場にこそ遊び場がある+ついにシュールストロミング開缶!
●No.22 山頂で野点、そうか今日は「桃の節句」か
●No.23 青空、中岳、ひとりぽっち
●No.24 石仏に村人はどんな思いを託したのだろうか
●No.25 冬限定、地図に名前のない山に登る
●No.26 登山道のないやぶ山で、昆虫になる
●No.27 ダブル登山で、県北の春山に酔う
●No.28 GWは雪の回廊を抜け、強風の山頂に立つのが夢
●No.29 街から7キロ先に、千メートル級の山があるの?
●No.30 下水掃除と宮沢賢治とアイゼン登山
●No.31 青空・無風・トラブルなし。雑魚10匹より大物1匹
●No.32 みんな嫌がるけど、オレは好きだヨ、東山
●No.33 週末連続登山で、体力は大丈夫か、ジブン
●No.34 地元のプロと一緒だと、山歩きは百倍楽しい
●No.35 ブナと滝のシャワーを浴びて、少し元気になってきたゾ
●No.36 あれッ、なんだか人並みに体力がついてきたかな
●No.37 雷に追われ、山小屋泊まり、ガスっても岩手山は美しい
●No.38 県内最強のタフな山で、野立の誕生会
●No.39 中央アルプスで観光登山、それもまた楽し
●No.40 面白みはなくても、一度は登ってみたい虎毛山

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